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モーニングサービス

「和製英語」という言葉がある。考えてみると、ずいぶんおかしな言葉だ。外来語としてカタカナにしてしまった時点で、これはもう日本語の一部になっているわけで、それを「英語」だと考える方がおかしい。

よく和製英語の例として挙げられるものに「ナイター」がある。言うまでもなく、夕方から夜にかけて照明設備の下で行う野球の試合や、スポーツイベントのことを指している。しかしアメリカでは、夜の野球試合のことは(敢えてカタカナで書くと)ナイトゲームと呼ぶので、「ナイターというのは和製英語であって間違いだ」と考えるのが一般的になりつつあるようだ。
こうした風潮を気にしてか、最近はナイター中継のアナウンサーの中にも「ナイトゲーム」という人が増えてきた。ナイターというのが日本語として定着してるんだから別に構わないと思うし、私はこれからもナイターで行くつもりだ。

そのほか自動車に関する名詞でも、我々が英語だと思っているものの中に、いわゆる「和製英語」がたくさんある。ハンドルやバックミラー、フロントガラス、等々。こうした単語だって、日本国内で使っている限りまったく問題ないだろう。

おもしろい例として、「モーニングサービス」がある。これも日本人同士で使う分には問題がないのだが、英語の morning service と同じだと考えては困る。これは、日曜日の午前中に行われる教会の礼拝を意味しているからだ。service には、兵役とか礼拝など、日本人にとってはなじみのない意味がある。日本でモーニングサービスと言えば、もちろん宗教にはまったく無関係。喫茶店などで提供している、目玉焼きとトーストにコーヒーが付いた朝食メニューのことだ。

さて、パソコンの世界にも、みんなが英語のカタカナ化した単語だと思っているのに、実は完全な「和製英語」つまり日本で作られたカタカナ語がいくつかある。

まずは、ブラインドタッチ。これはかなり一般的に使われていて、まさかこれが英語じゃないなんて、信じられない人もいるのではないだろうか。ブラインド + タッチ、つまり、「目で見ないで、指先の感覚だけでキーボードを打つ技術」という発想で、いかにも「本物の」英語っぽいではないか。これを造語した人は、なかなかの言語感覚の持ち主である。しかし英語では、このようには言わない。タッチタイピング(touch typing)と言うのが正しい。個人的にはこの方が好きだし、響きもこの方がよいと思う。ブラインド(めくら)というのは響きも悪いので、たぶん将来はタッチタイピングが主流になって行くだろう。

もう一つは、バージョンアップという単語。これも完全に日本で造語されたもので、アメリカでは upgrade(アップグレード)という。日本のバージョンアップはたぶん、バージョン・アップグレード、という言い方を短縮したものであろう。でも最近ではすっかり日本化してしまい、コンピュータ以外の場面でもよく使われるようになっている。

ところで、モーニングサービスという言葉には想い出がある。学生時代によく通っていたある喫茶店兼食堂では、おばさんが地方から出てきている学生達のために「モーニングサービス」メニューを用意してくれていた。名前はアメリカ風だが、実はいわゆる定食である。「大盛り、お願い!」と注文すると、どんぶりに山盛りの温かいご飯に、日替わりのおかずと納豆、漬け物、味噌汁が付く。これでたったの二百七十円で、実にありがたい「モーニングサービス」だった。